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ペリリュウ島守備隊長・中川州男大佐終焉の地。(7) [パラオ]

 

「ペリリュウ神社」には、日本軍人がペリリュウの戦闘で如何に激しく戦い、耐え、

そして玉砕に至ったかを称え、後世に記憶されなければならない趣旨のメッセージ

を発したアメリカの司令官ニミッツ将軍の碑文がある。

敵将として、「それでもアメリカは勝ったぞ!」と言わんばりの勝ち誇りが透けて見える。

戦争に「聖戦」はあるのか?国家の威信を賭ける戦いで、常に庶民の命は消耗品と

される。「一将功なり万骨枯る」である。スポーツのノーサイドではない。敵対した相手を

称える意味が何処にあるのだろうか。

敵対していた青年たちが戦争が終わった時「もう二度と戦争はしない」とエルベ川の橋の

上で誓い合った事とは全く違うことを肝に銘ずべきである。不戦平和を語り得ない職業

軍人の言葉は私には響かない。

中川州男大佐終焉の地に、民間人によって「鎮魂」の碑が建立されたのは1971年

(昭和46年)と記されている。「玉砕」して27年が経った後の事になる。

戦争を起こすのは国家であり、犠牲者は常に弱い国民である。国家は絶対に反省しないし

責任はとらない。

南洋庁が所在したパラオのコロールから南へ50キロ、南北9キロメートル東西3キロメートル、

わずかに13平方キロメートルのこのペリリュウ島はじめパラオ全島に所在する慰霊碑の数々

は、総て遺族か民間人の浄財によって建立されており、ペリリュウでは水戸山千人洞窟

はじめ500箇所の洞窟に、そして更に南西11キロメートルの激戦地アンガウル島に、まだ

万骨が放置されているのに日本国家はこれを無視している。

ニューギニアなど南海の無数の孤島に放置された亡骸の霊を慰められるのは、不戦平和の

誓いと行動しかない。

   

   


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ねこ

今日は中川大佐のご命日です。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
by ねこ (2013-11-24 13:25) 

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