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福者に列せられる中浦ジュリアン。 [よろこび]

未だ14~5歳の少年たち4人が、大友、大村、有馬三大名の

使節に選ばれ、日本人として初めてヨーロッパを公式訪問し、

ローマ法王スペイン国王に謁見した「天正遣欧少年使節」の

一員、中浦ジュリアンは、西海市七釜中浦南郷の出身である。

1582年2月20日長崎港を出帆し、マカオ、マラッカを経て喜望峰

の南を回りリスボンに上陸、スペイン国王フィリップ2世に謁見、

ローマ法王グレゴリオ13世に謁見するなどの大役を果たした。

8年5ヶ月もの苦難に満ちた旅を終えて長崎に帰港したのは

1590年7月であった。実に420年も昔の事である。

中浦ジュリアンは、帰国ののちイエズス会に入り、ひたすらキリスト教

の布教に務めたが、徳川幕府の厳しい弾圧にあい、1633年10月

長崎西坂で、最も苦しい拷問とされる穴吊りの刑を受けて殉教した

といわれる。

今年11月24日に日本では、初めて長崎市で開かれる列福式

「ペトロ岐部と187人」が福者に列せられる聖典で、中浦ジュリアンも

福者となる。

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