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横瀬浦を訪ねて。長崎市の原点を知る。

横瀬浦は、近代日本の原点とされる。キリシタン大名大村純忠は、1562年にここを南蛮貿易の拠点として開港した。 全国から集まってくる貿易商人やキリスト教徒、それにポルトガル人などで大変賑わった事が、歴史書簡などに遺されている。日本最初のキリシタン大名となった大村純忠が洗礼を受けた地であり、ポルトガル人宣教師ルイス・フロイスが日本で最初に足跡を遺した地でもある。 しかし、ここ横瀬浦の繁栄は、純忠の義弟後藤貴明の乱(1563年)によって焼き払われ、わずかに1年余りと短かった。平戸から、横瀬浦、そして1565年に福田、1570年に長崎を開港した大村純忠は1580年には長崎をイエズス会に寄進し、1582年には天正遣欧少年使節を送り出した。また、1563年、横瀬浦に上陸し日本の第一歩を記したルイス・フロイスは、フランシスコ・ザビエル神父来朝以来の日本におけるキリシタン布教の歴史を「日本史」にまとめあげた。そのルイス・フロイスも1597年に、心血を注いだ一級資料の発刊を前にして、長崎で没している。長崎の原型は横瀬浦にある。現在では展望台になっている天主堂跡からは、八ノ子島 の真っ白い大十字架が遠望できる。佐世保の港や黒髪山なども指呼の間にある。直下には、小波止跡、思案橋跡、丸山跡、長崎甚左衛門居宅跡、上町跡、下町跡などが残されていて、まるで小長崎である。この地は、時間をかけて散策し歴史に学びたい魅力の宝庫である。
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