So-net無料ブログ作成

田上富久長崎市長の平和感を問う。原発災害は人間が制御出来ますか?。長崎市こそ、叡知を示せ。 [発言]

福島原発爆発の不幸から5ヶ月目を迎えようとしているが、未だに復旧のメドはたたない。

発電所から半径20キロメートル以内の警戒区域の人々は我が家へ戻れず、30~40キロ

メートル以遠でも、ホット・スポットと呼ばれる危険地域が頻発して、あとを絶たない。

福島原発による放射線被害は、目に見えず、音もなく、味も臭いもなく、肌にも感じられない

なかで、空気、水、土、海を汚染しているばかりではない。土中に根を張る植物、地下を

流れる水脈、海中に棲息する魚介類、草を食む動物とその肉、乳、など地球上に生きる

動植物が生命を維持する環境が破壊されている。

何よりも、爆発現場には、メドのたたない復旧作業に命を的に従事している労働者がいる。

これこそが「平和の対極にある不幸」である。

原発は人間が制御出来ない技術であり、施設であることが明確になった。

「安全神話」を担い推進してきた科学者たちの中から、或は実務に携わった責任者たちから、

深刻に反省して社会や人々に謝罪声明が出されている事を正しく把握してほしい。

福島原発爆発の検証も反省も無いままに、「ヤラセとサクラ」を総動員して、産業優先の

エネルギー政策の主座に原子力発電所を据えようとする動きが、「脱原発」を掲げる菅首相

の頭越しに、頭をもたげている。

これに対して、田上市長は、「核被害を防ぐ立場」から、明確に拒絶の姿勢と方針を示すべき

責任がある。

平和市長会議の責任者として世界に、非核宣言自治体協議会の責任者として国内の人々に、

平和優先の立場から、「意図的なエネルギー政策論」に惑わされる事なく先見を示さなければ

ならない。

新聞報道によれば、「交通事故があるから車をなくそうという議論にはならない」「二者択一の

単純な議論ではない」などと、産業寄りの発言は、50年前に原発推進者達が盛んに使った

セリフであり、稚拙で陳腐な屁理屈を言っているように聞こえる。

原発立地都市ではない気安な無責任発言であり、放射線被害に全く目を覆った暴論だと

言う外はない。霧の中の高速道路の先が絶たれ、断崖絶壁になっていることを知らない

ドライバーであり、離陸はしたものの着陸する飛行場がないジェット旅客機に乗せられている

乗客の現実を無視した「政治的発言」であり、市民意識に水を指す姿勢だとすれば、

平和市長の名を汚す「赤っ恥」と言わなければならない。

今を繕っても、夫々の原子力発電所には、必ず寿命が来る。格納容器は取り替えられない。

日本列島に54ヶ所の放射能の墓場が残る。不気味に放射線を何万年も出し続け、

誰も立ち入れない危険地帯となる。

8月9日の「平和宣言」が世界中の人々の心に響き、歴史に刻まれる崇高でかつ具体的な

平和の指針として、長崎市から発せられるよう望んでいる。

長崎市議会議員 井原東洋一

110625_1117~02.jpg110513_1456~01.jpg100808_1125~00010010001.jpg
110726_1705~02.jpg110726_1704~02.jpg

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:moblog

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。