「祝島島民の会」民主的で柔軟性に富んだ幅広い活動。「山戸貞夫さん」と語る。
「山戸 孝さん(34歳)」との対話は、多岐に亘った。やがて食事を挟んで、長崎から持参した世界ブランド「壱岐ゴールド」を酌み交わしながら、家庭内の事に至るまで、話し会った。彼は何度も「その話は父にお相手させたかった」と繰り返しながらも、30年間の運動の節目節目について、的確に伝えてくれた。親子間の絆と言うよりも運動の責任者である父「山戸貞夫」を適切にアシストしている事が伺えた。翌朝、この壮大な運動の責任者である「山戸貞夫さん(61歳)」を訪ねて親しく会話する機会を得た。「島民の会の団結の礎は何だろうか?」との疑問は、直ぐに解けた。島の歴史と伝統行事、防災、冠婚葬祭に至るまでの日常的な助け合い、新規の事業など将来への展望、全国の民主的な団体との連携、事ある毎の緊急な決起など、島の閉鎖性が逆に有利に生かされていた。
島根の大学を卒業し、その地での17年間に及ぶ活動経験を踏まえた、「山戸貞夫さん」は、10年を経た「愛郷一心会」を発展的に改組して、複数の運営委員会方式に発展させ、全員総会を取り入れた。中断した「神舞」を復活させ、原発推進派の漁協役員をリコールして「祝島漁協として反対決議」し、漁協長を担った。
「原発に反対する上関町民の会」や「長島の自然を守る会」などと緊密に連携し、原発予定区域内に共有地を確保し、立木トラストで抵抗し、裁判に訴え、予定地に「人々の集いの場」を創り、自ら町長選挙を戦い、10億8千万円の原発マネーを拒絶している。それだけではなく、農業、漁業の振興、練塀の町復興、文化的な施策等にも気を配り、「祝島1000年の島づくり基金」を設けて、エネルギー100パーセント自立を目指し、太陽光発電施設も動き出した。「明治大学 野生の科学研究所の研究員」として、山戸貞夫さんの挑戦は30年間の苦闘の実績を土台に更に続く。今、島には家族ぐるみの移住者もあり、お洒落な喫茶店も開店している。しかし、30年前、1300人だった人口は今、450人。小学生2家族4人、中学生1人(隣の島へ通学)。高齢化率75パーセントの祝島へ光が届くにはもう少し時間がかかる。
25日の祝島は猛吹雪の冷たい
朝だったが、昼頃には陽光が射していた。長崎市議会議員 井原東洋一















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