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「アンダンテ」~稲の旋律~を観る。引きこもりから立ち直った実話から。 [映画]

人に出会う事が恐ろしい対人恐怖症の女性が、必死にもがきながら、

何とか引きこもり症から逃れ出ようと、自立への道をさがし出すため懸命に努力するが、

母親の過剰な期待感と父親の威厳と断定的で無理解な環境の中に苦悩する千華。

ある日、風にそよぐ青々とした稲田を目にして、心を動かされ、願いを込めたSOSを

ベットボトルに封じて助けを求めた。

独自の農業観で無農薬栽培にこだわる晋平がこれを拾い上げ、豊かな自然と農業と

大地のもとに、「実り」に向けての対話が始まった。

豪華な脇役で固めた人間再生の物語は、観る人の心を打つ。

「たまごは、割らなければオムレツは出来ない」。

「苗を曲がって植えようが転んで植えようが、稲は真っ直ぐに上を向いて育つんだ」。

と大らかに千華の悩みを受け止め励まし続ける晋平に惹かれて、自らの生きるすべを、

歩くスピード、つまり「アンダンテ」で掴んで行く。

横芝光町の田園風景が美しく、農作物の新鮮な輝きは、そのまま人々の織りなす

暖かさに繋がっている。

映画初出演の新妻聖子はミュージカルでの活躍が基礎にあり、名優・筧 利夫が演じる

晋平が好演でこの作品に深みを加えている。

久しぶりに心が洗われるような作品であった。

制作協力の一端に加わった喜びがあった。 

長崎市議会議員 井原東洋一

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試写会で「山桜」を観る。現代に通ずる珠玉の物語。 [映画]

長崎県映画センターは、設立以来35年になる。

一般シアターでは上映されない映画や、平和・教育・福祉など社会性のある作品、

不朽の名作の上映をはじめ、全国の仲間と連携して自主制作した作品などを

普及上映してきた。

設立以来のメンバーとして、顧問に任ぜられている私としては、赤字経営をボランティア

活動で埋め合わせている役員各位に感謝する最低限の役割を、ささやかながらの「券売」

だと思っている。

11月に市民会館ホールで上映予定の「山桜」もその一つ。

藤沢周平原作の短編小説を篠原哲雄監督が映画化したもので、昨日試写会があった。

時は江戸後期、北の小国海坂藩での話。農民いじめの暴政で、利権を我が物にする上司の

悪事を許さぬ武士、手塚弥一郎は決断した。

不言実行、単独で加えた天誅。自ら裁きの場に赴き、決して言い訳せず凛とした姿は、

胸のすく快挙であった。

たった一人の正義感が飢饉に苦しむ多くの農民を救い藩の面目を保った。

美しい自然の中に咲く山桜の優しい美しさに変わらない誠実な思いを持つ男と女、

心の奥底でむすばれている吟味役浦井家の長女野江(田中麗奈)と手塚弥一郎(東山紀之)、

その心情を知り尽くして暖かく包むそれぞれの母親、(壇ふみと、富司純子)の名優ぶりなど、

久しぶりの感動作品に涙した。

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映画「おくりびと」で命の重さをを思う。 [映画]

米アカデミー賞外国語映画賞に輝き、凱旋上映と銘打った

「おくりびと」(滝田洋二郎監督)を観た。

「納棺師」という人間としての終焉を司る大切な仕事ながら、

人々に忌避され、軽蔑され、友人を失い、家族からさえ

嫌がられる職業とみられている。

社長のアシスタントが「隙間産業」だと称していたが、

案外金になる仕事ではある。

新婚間もないチェロ奏者が、1、800万円もするチェロを買って、

さあ、これからと言う時に、所属のオーケストラ楽団が突然解散

となり、呆然自失の状態で、今は空き家となっている、ふるさと

の山形へ夫婦で帰ったところから物語が始まる。

仕事がない夫婦が求人チラシで「旅関係」の文字に誘われ、

雇い主を訪ねると、有無を言わさず採用。

驚くほどの高給を示され、よく聞けば「旅立ち」つまり「納棺屋」だった。

妻に仕事の内容を話せないままに、強引な社長に流されて、

ついつい実績を重ねてしまう。

腐乱遺体の処理、自殺、交通事故、など訳あり人生の終焉の儀式を、

訳ありの「納棺師」が一人一人の人間の命の尊さを悼む所作を取り

仕切って行く。

殆ど例外なく遺族には感謝され、主人公の心のなかで崇高な仕事

だとの認識に昇華されていく。

冬の風景がよく似合う山形の美しい風光と優しい人柄の中で、

人間の愛憎が織りなされる。

全編にチェロの穏やかで暖かな音色が流れ、この作品の質の高さと

奥の深さが感じられる。

自分が捨てられたという憎しみの対象でしかなかった父を、

異境の地で自ら納棺する数奇な巡り合わせで、薄幸赤貧孤独だった

父の手に固く握りしめられていた「いしぶみ」から、幼い頃の記憶が

蘇って親子の絆を取り戻し、心の中で和解する。

観ていて、死体臭や線香の香りが漂って来るような迫真性がありながら、

雪の中から吹き出す若芽のような爽やかさが残り、伊丹十三の

「お葬式」とはまた異なった秀作であった。

主演の本木雅弘とその妻広末涼子を支える山崎 務、吉行和子など

助演陣の熟達に感服した。

命・死を見つめ直す2時間に、人間の尊厳を思い起こさせられた。

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「チェ・ 39歳別れの手紙」を観る。 [映画]

チェ・ゲバラ「28歳の革命」の姉妹編 「チェ 39歳の別れの手紙」を観た。

1959年1月、フィデル・カストロとともにキューバ革命を成功させた

チェ・ゲバラは、アルゼンチン人ながら、「生まれながらのキューバ市民」

と同等の権利を与えられ、国立銀行総裁、人民軍司令官に任命され、

カストロの信頼のもとに、農業改革に着手し、工業化計画などを推進する

ための参考に、日本など先進工業国にも訪れた。

しかし革命成功の直後から、キューバ革命をまだ社会主義革命だと

考えていなかったカストロと、純粋なコミュニストのチェとの国家建設の

思想に、微かな隙間が生じていたのかもしれない。

農業国から工業国への発展を目指すチェの政策は、純粋な思想と

絶対的に完全な献身性にもかかわらず、計画倒れになるものも多かった。

革命から6年が経ち、一応の落ち着きをみた1965年3月下旬、

チェは工業省の9階にある自分の部屋で「別れの手紙」を書いた。

ハバナ 農業の年 フィデルへ・・・ カストロに対する最大の親愛と

信頼を込めながらも、自らキューバを去って新しい戦場に向かう事が

「キューバ革命」のために最善の道であることを信じて、

「永遠の勝利まで。祖国か死か。」と結んだ。(参考・チェ・ゲバラ伝・

三好 徹)

映画は、チェのその後、ボリビアにおいて、チェが指揮し、自らゲリラ戦

の先頭に立ち続け、激しい戦闘の中での裏切りをも克服しながらなお、

理想社会を目指す精神性の美しさが内面描写されていた。

「祖国か死か」彼はボリビアの地で命を奪われた。

それから30年後に、偶然発見された遺体は、いま、最高の同志カストロ

の手によって、サンタクララの丘の広大なゲバラ聖廟に安置され、

生き続けている。

革命50周年を祝う今年のキューバメーデーに参加し、9年振りで

サンタクララの聖廟に、大ファンだった亡妻和子の写真を携え、

チェ・ゲバラに接する喜びを指折り数えている。

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墓参のあと「チェ・28歳の革命」を観る。 [映画]

「ゲバラ」を観るのに墓参の後というのは、おかしいかな?

とも思うが、生前、ゲバラの大ファンですっかり傾倒していた

亡妻和子に、「一緒に観に行こうよ」と誘う気持があり、また

83歳ながら「ピースポート地球一周の船旅」から帰ったばかりの

姉が、「キューバにも行く」と言うので、2人でお墓参りを済ませ、

ユナイテッドシネマに入った。

土曜日とはいえ殆ど満席でゲバラ人気は高く、維新の志士・坂本龍馬

に重なった。

アルゼンチンの良家に生まれた医師ゲバラは、フィデル・カストロと

メキシコでの運命的な出会いで、その生涯が決まった。

圧制から民衆を救うキューバ革命の司令官として、一瞬一瞬に命を

かけた魂が映画の全場面に表現されていた。

高度な理論、冷静沈着・的確な判断、情熱と正義、同志との信頼感、

率先垂範、宣伝と志気の鼓舞、激烈な闘魂、正しい決断、厳しい規律、

不退転の指導力、人命の尊重、教育実践、思いやりと愛、喜びの共有

など「祖国か死か」の極限での勝利を余すところなく、叩き込まれた

感動の120分間であった。

主演のベニチオ・デル・トロはゲバラそのものであった。

続く作品「チェ・39歳・別れの手紙」を観て、4月下旬から「革命50周年

キューバのメーデー」に参加するので、9年振りにサンタ・クララの聖廟に

「明確に生きている」チェ・ゲバラに会う。

亡妻和子と83歳の姉も一緒である。

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「赤い糸」を観る。青春問題「てんこ盛り」で理解不能。 [映画]

「赤い糸」が青春ものとは解っていたが、孫たちの年齢層に

近い物語のようであり、また映画の中での修学旅行先が

長崎市だという事もあって、2時間程度を費やしてみた。

映画での描写年齢は、15~16歳だから中学3年~高校1年

程度である。

まず、最初に少年、少女二人が屋上に寝そべり、赤い糸で

結ばれなければならない結論らしい画面を映し出すことから

始まった。

あと、文化祭、お祭り、修学旅行、自由行動、ずんだれズボン、

お人形ファッション、茶髪、安易な約束と破棄、仲違い、いじめ、

即ギレ、喫茶店、デート、浅い友情、自殺未遂、救急車、麻薬、

暴力団、酒場、不純交友、喧嘩、交通事故、片親、出生秘密、

養育放棄、家庭不和、離婚、事故死などなど数限りなく現代の

問題点を組み合わせて物語が進行する。

長崎への修学旅行も、ちゃんぽん、皿うどん、角煮饅頭、吹きガラス

(ポッペン)、が出て、グラバー園、オランダ坂、めがね橋、出島、電車

などがチョイ出しされた。

同級生たちの間で、簡単に「好き」・「嫌い」の関係が開けっぴろげに

展開され、教師の指導も抑制もなく、親の指導姿勢もおっかなびっくりで、

場所と時間の脈絡も滅茶苦茶では、何故「赤い糸」で結ばれるのか

全く理解出来なかった。

保護者としては、暗胆たる気持に陥り、黙視、納得できる作品とは

思えなかった。果たして若者たちは、どのように感じるのだろうか。  

次は、1月10日からの「チェ・ゲバラの28歳の革命」続く

「チェ・39歳別れの手紙」に期待したい。

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映画「私は貝になりたい」を観る。 [映画]

ずっとずっと以前に放映された、フランキー堺主演による

テレビドラマ「私は貝になりたい」のリメイクと言うか、

同名の映画「私は貝になりたい」を観た。

加藤哲太郎原作「狂える戦犯死刑囚」は、戦争がもたらす

限りなき破壊が、美しい自然や都市や構造物に加えて、

生きとし生ける総ての命の抹消、絶対的服従体制の下での

人間性の破壊、人格・人権無視など狂気の世界で、差別と分断、

庶民間の対立、癒される事のない遺家族の苦悩などを、

余すところなく実体験そのままに表現している。

中居正広、仲間由紀恵の黄金コンビが主役を演ずるこの映画は、

学歴も資産もない、足の不自由な市井の床屋さんが、

貧乏ながらも親子三人寄り添って、普通に暮らしている中に、

突然舞い込んだ赤紙(召集礼状)。

障害を持った二等兵は、真正直なのにノロマに見られ、上官から

標的にされて無謀な暴力と制裁をうける。

ある日、日本本土空襲で撃墜された米軍機の乗組員の捜索隊に

加えられ、捉えた捕虜を殺害せよとの上官の命令を受け、

既に死亡している捕虜の腕を刺した事が、終戦後戦犯に問われて

遂に絞首刑にされた。

「一将功なり万骨枯る」。遺体はおろか名前さえも遺らない

一兵卒死刑囚は、もし生き返るならば「誰も知らない深海の貝に

なりたい」と途切れ途切れに独白しながら、絞首台に向かった。

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南京大虐殺の証言記録。フイルム上映会。 [映画]

長崎市西坂町の26聖人記念館裏に所在する「岡まさはる記念

長崎平和資料館(長崎大学名誉教授・高實康稔理事長)」では、

主として中国、朝鮮侵略時の日本の蛮行や日中戦争の残虐な

加害責任が問われる資料などを展示して、戦争の反省と啓蒙

活動を通じ、不戦を誓い、平和希求を目指している常設館である。

活動の一環として、定期的に貴重な証言記録などのフイルム

上映会を開催しているが、4日はチトセピアホールで、南京大虐殺

に関わった加害兵士と被害者の証言で解き明かされた真実

「南京・引き裂かれた記憶」を一般公開した。

監督は数百人もの人々に取材して映画を作った動機を、「祖父が

お酒に酔うと、中国人の亡霊に怯えて日本刀をむちゃくちゃに振り

回していた」との父の話から、「祖父も加害者だったのではないか?

との思いからだった」と壇上から心境を語った。

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映画「靖国YASUKUNI」を観る。 [映画]

日本在住19年の中国人映画監督・李 櫻(リ・イン)が「靖国」をテーマに

10年間に亘って取材を続け、敗戦後60年経った敗戦記念日8月15日

の1日間に凝集して「日本の混沌」をドキュメンタリーで映し出す。

芸術文化振興基金からの助成金を受けて制作され2007年に発表された。

日本、中国、韓国の三カ国の協力で真のアジアの友好を目指す合作映画

として、客観的な視点から作られたドキュメンタリー映画は、海外で大きな

反響を呼び、日本でも公開上映されるはずであったが、案の定右翼的勢力

の理不尽な妨害活動の前に、上映館が相次いで辞退し中止に追い込まれる

事態となった。

全国各地では、やむなく「靖国を観る会」などが組織され、自主的なホール

上映が行われ、長崎市でも実現した。

その事をみても天皇中心主義の「皇国史観」が日本の社会に生きている

ばかりか、根を張っているのを思い知らされる。

この「靖国」を観て、日本が侵略から敗北に至った、日中、アジア太平洋戦争

反省も贖罪もなく、「血のにおい」を引きずっている偏狭さを見せつけられ、

「刀社会」から抜け出しえていない事を憂えて、気持が重かった。

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織田裕二の椿三十郎を観る。 [映画]

 

黒澤明監督の「椿三十郎」のリメーク版が森田芳光監督によって作られ、12月1日から

公開された。

映画の日とあって大人すべて1000円のサービスの日だったのだが、お客の入りは

今一つだった。

45年前の三船敏郎が演じた椿三十郎のイメージが強烈に残っているが、織田裕二の

ニヒルさもよかった。

藩の不正を暴くために立ち上がった9人の若侍たちを、荒削りで無頼な浪人の椿三十郎が

勝手に助けるという時代劇。

飛び抜けて強く知恵者の椿三十郎と何とも腰抜けな9人の侍たちとのアンバランスななかに、

謀反を企てる悪者たちの集団が撃破されるという痛快娯楽版。

三船・三十郎の本家を超えるのはなかなか難しい事とは思うものの、織田・三十郎も殺陣に

工夫を凝らしたりして、現代的ヒーローの「大活躍」は、若者たちに受けるかもしれない。

中村玉緒や藤田まことなど助演陣のおとぼけも楽しめた。

   


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