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ネパールの世界遺産。目玉寺。 [視察]

目玉寺は、さながら俗世間の俗人たちに睨みを利かせているかのようであった。

ネパールで一番古いブッデスト神社「スワヤンブナート」は、西カトマンズの小高い丘に

立地しており、五輪の仏舎利塔は、下壇から土、火、水、風、空を表している。

土の部分には、「マニ車」が設けられていて、一つ一つ回しながら右回りに一周すると、

経典一巻を読破し功徳を積んだ事に成るときき、早速右に回りに一周した。

眼下には、カトマンズ盆地が開けていた。

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ルンビニ周辺。日本山妙法寺。笠井ホテル。(5月17日) [視察]

ルンビニでの宿舎は、日本人経営の「笠井ホテル」であった。

カトマンズからルンビニへ向かう飛行場で、秋葉、田上市長様ご一行と初めて

合流したが、此処では同宿となった。

「笠井ホテル」はルンビニ園建設計画の中に組み込まれた高級ホテルで、

構想10数年、ようやく昨年オープンしたばかりの新しいホテルである。

広大な緑の中に、農園を備えて、少々の果物や野菜類を自家栽培しているとの

話であった。設備の快適性に加え、社長夫妻が先頭に立って完璧な接遇に

努められていて、その親切さが伝わって来た。

近くに、日本山妙法寺の仏舎利塔が新築され落慶を待つばかりで、日本から

式典準備に来られていた僧侶の中に知人を見つけ、お互いに外国での出会いに

不思議な縁を感じさせられた。

早朝から、姉と二人で持参の線香を手向けてお参りしたが、アジアでは最大規模の

仏舎利塔だと説明された。

長崎原爆の写真パネルの常設展示も依頼して快諾を得た。

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ゴーダマ・ブッダ国際平和賞受賞記念。ネパールの世界遺産を訪ねて。 [視察]


ネパール連邦民主共和国は、国の3方がインドに接し、北側は中国に接しており、
面積は約14.7万平方キロメートル(日本の凡そ3分の1)。人口は、約2,700万人である。
長い間の王制国家は、内紛等で困難を極めて来たが、2008年5月28日、240年間にわたり
続けられてきた王制に代わり、民主共和国として出発した。 
首都はヒマラヤの膝下、標高1,400メートルでネパール最大の都市カトマンズである。
人口140万人のカトマンズは、歴史的にもネパールの政治、経済、文化の中心地である。
新しい政治体制のもとに創設された「ゴーダマ・ブッダ国際平和賞」にノミネートされた数多くの
団体・個人の中から第1回平和賞には、平和市長会議会長・秋葉忠利前広島市長と副会長の
田上富久長崎市長が選ばれた。
5月17日に、釈迦生誕の聖地ルンビニで開催された式典に、長崎原爆被爆者代表と
長崎県宗教者懇話会代表が同行参加した。
ルンビニへ向かう飛行機待ちの時間を、文化財見学に充てた。
ネパールでは、4つの世界遺産のうち、2ヶ所が文化遺産でカトマンズの3ヶ所の旧王宮、
2ヶ所の仏教寺院、2ヶ所のヒンズー教寺院など7ヶ所がカトマンズ盆地内に散在していて、
まさに文化の宝庫に浸った。
長崎市議会議員 井原東洋一

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ヒマラヤ遊覧飛行。(5月16日) [視察]

「ネパール、とりわけカトマンズ観光のハイライトは、ヒマラヤ遊覧に尽きます」

と勧められ、オプショナルツアーに参加した。午前7時からおよそ1時間のフライトである。

19人乗りの軽飛行機が何機も駐機する飛行場は、国際空港に隣接する国内便飛行場の

一角にあり、目を見張る広大さであった。

お天気頼みながら、各ツアー会社とも1日に数回のフライトは、いつもほぼ満席で、

盛況を極めているという。

神々が鎮座する世界の屋根、エベレストを最高峰とする、8千メートル~7千メートル級の

14峰以上が林立する絶景を至近距離の、しかも上から俯瞰出来ると言う機会は逃せない。

胸躍るる思いを助長するガイドの説明に加え、一人一人をコックピットに誘って、神々の座を

真正面に観るサービスも行き届いている。

全ての乗客へ平等に配慮して窓辺がヒマラヤ側に来るように、旋回して再び山脈をなぞりながら

帰路につく。

屋外の空気が機内に取り入れられているのではないのかと思ったが、空調吹き出し口からの

寒風が座席に流れて身震いするほどの体感も却って好印象。

同乗したインド、スイス、英国の人たちも、等しく満足感に浸っていた。

飛行成功を確認したうえで、出口で料金を支払う方法も合理的。

2万円は高いかなとも思ったが、「ヒマラヤ連峰の内、8峰がネパール国内に所在している。

シェルパはネパールの民族だ」と自慢されても素直にうなずいた。

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「リニア中央新幹線」視察。長崎市民会議。 [視察]

長崎市民会議(重橋照久団長)の4議員は25日、夢の超特急「リニアモーターカー」の

実験線を視察した。

昭和39年に開通した新幹線は、すでに46年を経過しており、輸送量の増大に対応する

事の困難性や、耐震対策、経年劣化による不測の事故時対策の重要課題に直面している。

そのため高速度、大量輸送機関として、超電導新幹線(リニアモーターカー)の導入が

計画されている。

山梨リニア実験線は、平成9年から技術開発の場を宮崎から移された後、車両や

各種コントロールシステムなどの開発を進め、平成18年9月からはJR東海の全面参入により、

急速に事業が進捗し、有人走行による世界記録時速581kmを達成するなどの成果を

残している。

現在の先行区間18.4kmから、一般区間24.4kmの工事が行われており、実験線

42.2km全線開通は再来年に実現の予定。

東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知、三重、奈良、大阪にいたるリニア中央新幹線は、

2027年名古屋、2045年大阪開通をめざして着手されている。

地下40メートルをわずかに67分で疾走する。 

長崎市議会議員 井原東洋一

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アートの街・名古屋。 [視察]

名古屋駅前にある「ウインクあいち(愛知県産業労働センター)」の指定管理を受け持っている

企業の現地ゼネラルマネージャーの任にある長男に招かれて、開業1周年を迎えた記念行事期間に

初めて訪問した。

大小3つのホール、3つの展示場、49もの会議室、レストラン、喫茶店などを総合的に管理して、

施設の役割を果たすよう運営しなければならない。

愛知県などの設置者、元請け企業、管理協力企業、運営協力企業、各種納入業者などとの調整や、

従業員管理指導など、容易な仕事ではない。

しかし、1ヶ年間の実績は予想を上回る結果だったと聞き、責任の無い者ながら安心した。

愛知県物産展の催事に、揃いのハッピ姿で走り回り、かつ関係者の皆さんに暖かく支えられている

長男の姿に遠くからながら安堵した。

名古屋の発展には目を見張り、特に、アートの街らしい特徴を感じた。(10月11日)

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沖縄料理でのランチタイム。うるま市「今佐」にで。 [視察]

沖縄の「金城 佐津江」さんは、うるま市を拠点に活躍中の歌手である。

豪壮な2階建ての邸宅1階全体を宮殿のように豪華に飾られた「和洋折衷のレストラン・

今佐」を経営する一方、室内に舞台を設けて、音楽教室を主宰し、幅広く指導され、

また、このレストランで演奏会も行われている。

地域の各種大会での歌唱や、数多くの団体の催しにボランティアで活躍されるなど

知名度が高く、「美空ひばりを歌う日本一・上地 葉史子」さんも良く知る歌手仲間である。

「うるま市」は、平成17年4月1日に、具志川市、与那城町、勝連町などと合併して

誕生した若い都市ながら、その歴史は古く、金武湾と中城湾を分けるように突き出た

カンナ岬があり、与那城町からは、海中道路に結ばれて、平安座島、宮城島、伊計島と

繋がり、金武湾を包み込んでいる。

西側に沖縄市、北側に金武町、南側で北中城町に隣接している。

那覇からは、かなりな距離にあるその「今佐」に、上地葉史子さんは愛車を自ら運転し、

一般道に高速道を乗り継いで、私に飛びっきりの沖縄料理をご馳走してくれた。

心のこもった注文料理はことのほか美味しかった。

昼頃には、近隣都市の著名人が次々に集まって来て、話は歌談義。

沖縄市の浅沼教伸さんもその一人、「浅沼芸能企画」の代表で、歌い手を育てながら、

ポスターなどの印刷や、演奏会の企画、実行のプロであり、自らも唄われている。

沖縄県の芸能は、このように地区毎の活動が切磋琢磨して競い合い、磨かれている

事がよく解った。

「沖縄の美空ひばりさん」有難う。

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沖縄の沖縄的な印象。青い海。青い空。そして、人情味。 [視察]

沖縄は北から南まで1、000キロメートルに及び、しかも36もの有人島を含む多島県。

自然の美しさとはうらはらに、かっての琉球王国は、400年前の薩摩による琉球支配、

廃藩置県による明治政府の琉球処分の強行、太平洋戦争中の日本国による棄民、

そしてアメリカによる占領下で27年間の苦難、祖国復帰から37年が経過した今なお、

県民所得は全国最下位、経済も基地依存、公共事業、観光事業、いわゆる3Kを柱に、

不屈の精神を結集しているものの、日本における米軍基地の75パーセントを押し付けられ、

沖縄県と県民の主権は、アメリカからだけでなく、その手先としての日本政府からも、

著しく制限されている。

その様な中で、沖縄の沖 縄的なものと言えば、やはり青い海、青い空、人情味、琉球の

不屈の魂と芸術文化であろう。

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沖縄の各種闘いの原点を視察。普天間。辺野古。チビチリガマ。読谷村。嘉手納基地。 [視察]

伊波洋一宜野湾市長も大濱長照石垣市長も、国とアメリカを相手に、市民の命と健康、

環境を守るため、真っ向から体を張って苦闘しておられる。

それらの闘いは、全てアメリカがもたらしている弊害に対して、日本政府がいつも常に、

国民の側に立つのではなく、アメリカの側から日本国民に対決している構図なのである。

全国地方議員交流会からの、オプショナル視察に参加した。

嘉数高台から、町の真ん中にある普天間飛行場を眼下に見た。世界一危険な飛行場

なのがよくわかる。辺野古では、新基地建設反対座り込みが、1、929日目を迎えており、

古老夫婦が先頭に立っている。

古老の教えは明々白々、逆に若者たちを鼓舞している。

読谷村は、現在社民党参議院議員の山内徳信さんが、村長の時、米軍基地の中に、

役場、野球場、文化施設など、有無を言わせない戦術を駆使して建設した。

チビチリガマは、沖縄戦で、日本軍が一緒に居たばかりに、集団自決に追い込まれ

「軍は国民を守らない」典型を具体的に示す戦争遺跡である。

嘉手納基地は、町の面積の82.6パーセントを米軍が占有し、周囲18キロメートルの

広大な飛行場には、4、000メートル級の滑走路が2本あり、1機分で5億円もする

格納庫が数え切れないほど設置され、市民は止むことの無い爆音被害に晒されている。

キーンと耳をつんざく音を残して、真っ黒な戦闘機が間断なく飛び立ち、今日は空の要塞

「ステルス」が、巨大な翼を広げて空を覆ってみせた。

沖縄に来てみると、「米軍基地の中に沖縄がある」事と戦時中も現在も「日本政府は、

(軍隊は)、決して日本国民を守らない」事が、はっきりと解る。沖縄の人々からは、

いつも「不屈の闘争心」を学ばせられる。

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「重粒子線がん治療施設」視察。千葉市稲毛。 [視察]

長崎市議会の3月定例会で満場一致決議し、政府に対して「建設を求める意見書」を

提出した「重粒子線がん治療施設」について、冨岡勉衆議院議員のお世話をいただき、

千葉県稲毛区の「独立行政法人・放射線医学総合研究所」を視察した。

市議会から、超党派で前田哲也、小森明人、久八寸志、井原東洋一の4議員、

長崎市原爆被爆対策部高橋清文調査課長及び、長崎県被爆者手帳友の会から

東海ムツ子、末永信雄、野口伸一の3氏と冨岡代議士の城彰子秘書が加わった。

 研究所では、村田貴司理事、取越正己企画部長、鎌田正重粒子医科学センター長、

野田物理工学部長、白川企画課長など7名の役職員の最高スタッフに対応して

いただいた。

ここ、「放射線医学総合研究所」(放医研)は、アメリカによるビキニ環礁での水爆実験

(1954年)での被爆を契機に、放射線によるヒトへの影響とその治療方法の研究、

原子力の平和利用に係わって、安全に使用するための研究が必要となり、1957年に

科学技術庁所管の国立研究所として設立された。

従って、放射線の人体への影響、予防、診断、治療及び、放射線の医学利用に関して、

放射線診断、放射線治療の専門的な研究開発機関である。

「重粒子医科学センター」は、五つの研究センターの中の一つである。

「重粒子線がん治療」は、炭素線を利用してがん細胞に照射し「患部を切らずに、短時間で

治療し、高い治癒率を誇る最先端医療施設であり、既に約5、000人近い成功例がある。

並行して次世代照射システムが開発されており、群馬大学には3分の1に小型化された

施設が今年8月に完成する。

長崎への誘致に向けて、ハードルは高いが、貴重な示唆を受けた視察であった。

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