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「五島のトラさん」と「はなちゃんのみそ汁」。話題作を観映。

「五島のトラさん」は、五島特産手延べうどんを製造販売する「トラヤ製麺」の「犬塚虎夫」夫妻と7人の子どもたちが、うどん作りを家族の絆に、喜怒哀楽の日々を、KTNテレビ長崎の大浦勝監督が22年間に及ぶ長期密着取材で綴ったドキュメンタリー作品。末っ子の「世文」は、2歳から高校卒業までの16年間うどん作りを手伝った。7人の子どもたちは、毎朝5時に起床し、うどん作りを手伝って学校へゆく。手伝った時間はタイムカードに記録され、給料としてお小遣いが貰える。お金の価値、ものを作る責任感、成長する子どもたちと年老いてゆく親、子どもとの葛藤、旅立ち、就職結婚、出産、帰郷などの中で、トラさんの一徹ながら確固たる教育感に、ぬくもりと涙、家族のかたちを感じさせられた。また、「はなちゃんのみそ汁」も、実話エッセイが映画化されたもので、新聞記者の安武信吾は、初めて出会った千恵さんに一目惚れして、猛烈にアタック、その後乳ガンにおかされ、子どもが産めない診断を承知で家族の反対を押しきり、結婚した。神は、子どもを授け「はな」と名付けられた。命の危険を自覚している千恵は、幼い子どもに命の大切さ、食事の大事さを説き、我が子に「みそ汁」の作り方を教え、健康な食事のレシピを残した。誠実な夫信吾、ガンでこの世を去った33才の千恵、5歳のはなちゃん、愛する人への珠玉のメッセージ。必見の映画だった。(長崎県映画センター顧問・井原東洋一)
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「西坂小学校区親善バレーボール大会」。11チームで熱戦。

西坂小学校子どもを守る会(垣内司郎会長)が主催する「第47回親善バレーボール大会」が6月26日(日)午前9時30分から長崎中学校体育館で開催された。元々は9人制の大会だったが、10数年前に大人と子ども混成の6人制でソフトなボールを使用する方法に改めて、参加者の裾野が拡げられ、より容易に老若男女が参加できて親睦の効果が高められた。今回は47回目となり、参加チームが11組の盛況であった。ご招待頂いた私は、47回を数えた地域の親睦大会は、「継続は力なり」とよく言われるがすでに「伝統」と称すべきであり、主催してこられた歴代役員のご労苦に敬意を表すると共に、今日も個人技に走らずチームプレーを重んじてケガの無い大会であってほしい。と挨拶した。試合は早速、西坂小学校教職員チームと小学生チームの対戦で始まった。(上長崎地区自治会協議会長・井原東洋一)
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長崎県被爆者手帳友の会総会。(ニュー長崎ホテル)

長崎県被爆者手帳友の会は、6月25日午後1時から、ニュー長崎ホテルで平成28年度総会を開いた。結成以来50回目の総会には、長崎市内の会員はもとより、対馬市、佐世保市 新上五島町、南島原市など県内各地から、役員、支部長、理事など凡そ70人が出席した。開会を前に犠牲者のご冥福を祈り黙祷を捧げた。また、原水禁長崎県民会議の松田議長から被爆者手帳友の会に、お見舞い金が贈呈され、総会の場で井原会長が受領した。ご来賓には、高木代議士、冨岡代議士、坂本浩県議、松田圭二長崎県平和運動センター議長、奥村英二長崎県平和運動センター被爆連事務局長、参議院長崎選挙区候補「西岡秀子さん」の母親西岡永子さんにご出席頂きそれぞれご挨拶を頂いた。 会議は、金原明善常任理事を議長に選出し、井原会長から成27年度の活動総括。同収支決算。監査役を代表して山下 錠監査役から監査報告が行われ満場一致で承認された。続いて、井原会長から平成28年度事業計画(案)。同収支予算(案)が提案され、それぞれ満場一致で可決された。2年任期の改選期を迎えた役員には、井原東洋一会長が平成18年6月以来連続6期目の会長に選出され、副会長3名、常任理事5名、監査役3名は全員留任となった。なお、長年副会長の任にあった東海睦子さんと中村すみ代常任理事は退任された。最後に当面する参議院選挙で「西岡秀子候補」の必勝と被爆者援護の充実、被爆体験者、二世問題の前進及びお互いの健康を祈年して、高比良常任理事の音頭により万歳三唱して閉会した。(長崎県被爆者手帳友の会長・井原東洋一) 
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英国  EU 離脱。

英国は、政治、経済、民族問題など抱えていた諸々の内部矛盾を解決する手段として、キャメロン首相は、おそらく勝利を確信して直接民主主義の「国民投票」による決着の方策を選び公約し実施した。しかし、この判断は裏目になり、離脱51・89%、残留48・11%の僅差で「EU離脱」で決着し、キャメロン首相は辞意を表明するに至った。EU加盟国からの移民の流入により、英国民の職が奪われ、医療教育福祉などの公共サービスが圧迫され、英国の自由度が損なわれているなどの意見で、権限を取り戻そう。などの主張が、世論をリードする結果となった。離脱後の英国が抱える幾多のリスクを訴え「残留」を強く主張した識者の声や「英国以外のEU加盟27ヶ国の結束」を示して残留を期待した各国首脳たちの願いも外れた。英国からの独立を目指しながら住民投票で破れたスコットランドは、再び英国からの独立を求める動きも出てくるに違いない。世界経済に与える影響も図り知れず、株式市場は急激な株価低下を記録した。英国内で活動している1000社もの日本企業が被る影響の深刻さも予測される。パニックは、さまざまな分野に波及するに違いない。(井原東洋一)
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沖縄慰霊の日。71年間、米支配と蹂躙に変わりなく。

1945年(昭和20年)6月23日。71年前の今日、アジア太平洋戦争の本土決戦を不可避としながら、その「捨て石」の役割を担わされた沖縄戦では、日本軍からさえ自決を迫られながら、50万沖縄県民を巻き込んだ戦闘にもかかわらず、遂に摩文仁の丘に追い詰められた日本軍司令官牛島満中将が自決し、米軍の支配下におかれた。その後も1972年(昭和47年)まで米国の施政権下におかれた。日本国への復帰を果たしてから44年が経過したが、未だに日本における米軍基地の74%を沖縄に集約したまま、海兵隊などによる不祥事や凶悪犯罪が頻発している。移転を約束した普天間の基地機能を高めて辺野古への県内移転では、沖縄の民意を逆撫でするばかりである。日本本土とオール沖縄との認識の差は今や埋めがたい溝を生んでいる。女性殺害遺棄事件の怒りが収まらない中での沖縄慰霊の日であった。(長崎県被爆者手帳友の会会長・井原東洋一) 
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災害防止。よろず応援隊大活躍。

記録破りの豪雨禍が斜面地の我が町にも影響を及ぼした。幸いに大災害は免れたが、溝が詰まり雨水があちこちで溢れだした。土嚢が必要。樹木が倒れて通行障害となった。 市役所に連絡しても「自宅付近は自前で対処して・」とのつれない返事に、怒りの自治会長が「大災害にならないように、自治会役員で頑張っているんだぞ!。土嚢位は支給してはどうか!」と催促してようやく「はい。はい。準備します」となった。我が町の「田川 勝副会長兼建設部長」を隊長に、「青木 勇副会長兼環境部長」、「田川 巧建設部副部長」による「よろず応援隊」が早朝から出動し、瞬く間に溝の流れを正常化し、もろもろと災害防止の処置を完了した。支障木も伐採した。土嚢の積み上げも終了した。これで安心。安心。感謝。(片渕4・5丁目自治会長・井原東洋一)
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参議院議員選挙公示。7月10日投票。

任期6年の参議院議員定数242人のうち、半数の141人が3年毎に入れ替わる選挙が公示され、7月10日投票日に向けた激しい選挙戦が始まった。全国45の選挙区から73名、比例区から48名が選ばれる。選挙区では、全国32ヶ所が1名区であり、今回は、自民党・公明党などの改憲勢力に対して、民新党、日本共産党、社民党などの野党は全ての1人区で選挙共闘体制をとり、自・公と直接対決する。焦点は、非改選議席を合わせて、与党が憲法改正発議が可能となる3分の2を占めることになるのか、野党がそれを阻止できるかの攻防である。「安全保障法制」と称して、憲法違反の集団的自衛権行使を容認する「戦争法」を強行可決成立させ3月29日に施行するに至った安倍政権の「立憲主義無視の暴走」に歯止めを掛ける事が出来るかどうかの決戦である。日本国憲法の平和主義をかなぐり捨ててアメリカと「血の同盟」を結び、主権在民を否定して、基本的人権を制限し、社会保障を切り下げ、格差を拡大して「戦争する国」に向かわせてはならない。安倍政権は、国民の反発を避けるため、本心を隠蔽して、失敗している「アベノミクス」があたかも成功しているかのように、「道半ば」だと経済政策を前面に主張し、公明党も追従しているが、誤魔化されてはならない。「戦争と死と制限と貧困」を選ぶのか「平和と民主主義」を選ぶのかの選択である。18歳・19歳の若い有権者240万人 の感性と責任に期待したい。長崎選挙区での選択も、言うまでもなく反自民である。(長崎県被爆者手帳友の会会長・井原東洋一)    
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小樽のニシン御殿。旧青山別邸など、名所を巡る。

19日が日曜日だった事もあり、小樽観光客で溢れていた。小樽運河クルーズもフル運行の盛況。その昔、贅を尽くしたニシン御殿「旧青山別邸」まで、遠く車を走らせた。ここの庭園には、「なかにし礼さん」の巨大な「石狩挽歌記念碑」がある。「長崎ぶらぶら節」で直木賞を受賞されたとき、私はいち早く「なかにし礼さん」に相談し、氏の文学碑を全国で初めて長崎市に建立する計画を持ちかけた。その際に「なかにし礼さん」から「苦い経験談」を聞かされたのが、この歌碑の事であり、当時わざわざ小樽まで調査に訪れ現物を確かめに来た事を回顧し懐かしい思いであった。旧青山邸は、文化財に指定されており、庭園内では、ボタンと芍薬展が開かれていた。(井原東洋一) 
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石原裕次郎の世界に浸る。

小樽観光拠点に成っている石原裕次郎記念館は、ファン世代の高齢化もあって開館時の爆発的な賑わいはないものの、幅広いファンによる入館者は堅調な様子であった。スーパースターが所持した何台もの超高級車をはじめ、ヨット、家具類、食器類、ゴルフ道具、身に付けた衣服、Yシャツ、ジャンパーパーカーTシャツネクタイ、スカーフ、帽子、時計、ガウスボタン、タイピン、キーホールダー、ゴルフマーカー、履き物、などの膨大な愛用品すべてが展示され、それらのコピーグッズやCD、写真など豊富な商品となって並び、好奇心を飽きさせなかった。(井原東洋一)
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再び小樽。「石原裕次郎記念館」入館。「井原和子」の刻印見つける。

長男和洋が、北海道訪問は何回も経験済みながら、札幌市と小樽市には、47年振り、1969年(昭和44年)8月、家族5人で北海道一周12日間の旅以来と言う。ならば、小樽市内の石原裕次郎記念館入館は欠かせない。と、前々日に続いて再び小樽を訪れた。つまり、石原裕次郎記念館建設に際して、各種の協賛募金が行われ、亡妻和子は「ザ・スーパースター・石原裕次郎」(CD40巻)を購入し、館内の記念銘板の、NO946番目に刻印されているからである。家族では妻と2人しか知らなかったささやかな歴史を、実物を通して長男にも知らせておきたかったからである。館内にもっとも早く設置された銘板の上部「946 井原和子」は、とりわけ輝いて見えた。亡くなって38年、美空ひばりと並んで時代を席巻したスーパースターは、40巻・600曲にナレーションを入れて「悠久の軌跡」を残し、愛用した豪華なヨット「コンテッサ Ⅲ」と共に「おれの小樽」に健在であった。(井原東洋一)
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